こんにちは、おのやまです。
中学で不登校になってしまった長女がおり、現在は定時制高校に通っています。
長女は小学生の頃から学校を休みがちで、中学2年の夏休み明けからほぼ学校に行けなくなってしまいました。
不登校になったり、適応指導教室に通うようになると、どうしても学校との繋がりが希薄になってきます。
中学3年生になると進路を決定するにあたり学校との連携が必要になってくるため心配になる方も多いのではないでしょうか。
今回は長女が不登校になってから中学卒業に至るまでの間、学校とどう関わってきたかをお伝えしたいと思います。
不登校になってから卒業までの流れ
学校を休みがちだったが、全く行けなくなることはなく卒業
優しくおおらかな女性教諭が担任となり、学校を休みがちだが部活にも所属、スキー教室にも行けていた
- 担任が男性教諭に変わり、休みが多くなる
- 夏休み明けから全く登校できなくなる
- 相談室登校開始
- 相談室にも登校できなくなり、教育支援センターに相談するよう促される
- 適応指導教室への通室が決定し、学校に残っていた荷物を全て引き取りに行く
- 1年生の時の先生が担任になり、月1~2回自宅訪問あり
- 三者面談、高校受験の面接練習は学校にて実施
- 入試関連の書類作成、手続きのため頻繁に先生と連絡を取り合う
- 全校生徒の卒業式後、個別に卒業証書授与
2年生で担任になった男性教諭は体格が良く声も大きかったため、元から大人の男性に恐怖心があった長女が苦手意識を抱いており、それも不登校の一因になっていたようです。
先生が自宅まで来ても部屋から出て来ませんでした。
3年生になってからは1年生の時の先生が再び担任になります。
不登校の原因は複合的なことで、これだけで学校に通えるようにはなりませんでしたが、先生が自宅訪問した際には長女も玄関まで来て応対し、進路決定までのやり取りがスムーズに進みました。
PTA会費と給食費の支払い
PTA会費
毎回1年分を現金で一括納入(集金)していたので、先生が自宅訪問した際に渡しました。
請求される前に気が付いて渡してしまったので、不登校の状態でも納金の必要があるのかは分かりません。
給食費
適応指導教室に通室することが決まってから学校側で引き落としを止めてくれました。
相談室登校ではたまに給食を食べて帰ったりしていたので、止めたり日割りにすることはできませんでした。
学校がしてくれたこと
自宅訪問
担任の先生が月に1~2度自宅まで来てくれます。
- 学校、教科ごとのプリント類の手渡し
- テストや行事への参加、不参加の確認
- 適応指導教室への通室状況の確認
- クラスや行事の様子などを長女に伝える
入試関連
進路について話し合う三者面談、高校受験時の面接練習は同級生と顔を合わせない時間帯に予定を入れてもらい、学校で実施しました。
公立高校は中学校が纏めて願書の手続きをするので、志望校の決定から受験までは先生と頻繁にやり取りをして手続きを進めていきます。
合格発表の日には担任の先生、適応指導教室の指導員に電話で結果をお知らせしました。
卒業式
全体の卒業式の後で個別に卒業証書を授与していただけました。
学校に促されたけれど、しなかったこと
定期テスト
中間、期末が近くなると先生が自宅訪問時にテストを受けるよう強く勧められましたが、一度も受けませんでした。
受ける場合は適応指導教室で実施するのも可能です。
校外テスト
先生は「受験に備えてテストの雰囲気に慣れておくのに良い」という理由で勧めてきましたが、これも受けませんでした。
定期テストと同様に適応指導教室で実施することが可能です。
行事への参加
合唱会や体育祭、修学旅行等は全て不参加でした。
先生は参加するか、しないかの確認だけで強く勧めることはしません。
卒業アルバム
掲載と受け取りの辞退ができました。
卒業するまでは学校の生徒
1年生と3年生で受け持って下さった担任の先生はいつも明るく長女に接して下さり、長女も先生の自宅訪問時には玄関まで来て顔を見せ、自分で受け答えができていました。
たくさんの受験生を抱えて忙しい中で自宅訪問や長女のために時間を割いてもらい、申し訳ないと伝えると「長女さんは私の生徒です」と言って下さったのがとても心強く、安心したのを覚えています。
不登校になってからはもう学校からの指導やフォローはしてもらえないと思っていたので、進路決定から卒業までしっかり見ていただけたのは本当にありがたかったです。
学校に頼れるところは頼り、できない、必要ないと思ったことは辞退しつつ良い関係を続けましょう。